ハノーバーメッセ2026では、2027年1月の欧州機械規則(MR)完全移行に向けた実務対応が焦点となりました 。特に新規格prEN 50742への適合が急務であり、国際規格IEC 62443に準拠する「アプローチB」が、効率的な法規制クリアとグローバル展開を両立する戦略として注目されています 。日本企業には「深層多層防御」の設計思想に基づき、規制を付加価値に変える攻めの姿勢が求められています 。
ハノーバーメッセ2026総括:規制の波を「攻め」の競争力に変える、欧州市場の新基準
2026年4月、ドイツ・ハノーバー。世界最大の産業見本市「ハノーバーメッセ2026」は、欧州市場でビジネスを展開する製造業にとって、これまで以上に「法規制」が技術革新の主役となる異例の開催となりました。
「2027年の壁」に向けた、規格から実装へのシフト
今年の最大の焦点は、2027年1月に完全移行を控えた「欧州機械規則(MR)」と、それに付随するサイバーセキュリティ規格「prEN 50742」への実務的な対応です。
昨年までは「何が起きるのか」という不透明感への不安が会場を支配していましたが、2026年の展示では、Delta Electronics(台達電子)などの先行メーカーがprEN 50742要件をクリアするための具体的アセスメントサービスを発表。規制を「遵守すべき壁」ではなく「製品の付加価値」として再定義する動きが鮮明になりました。
IEC 62443:prEN 50742を支える「技術的支柱」
会場で議論を呼んだのが、産業サイバーセキュリティのグローバルスタンダードであるIEC 62443と、新規格prEN 50742の関係性です。
prEN 50742は、機械規則(MR)が求める「安全機能への不正アクセス防止」に特化した規格ですが、その実装手段として「IEC 62443への準拠(アプローチB)」が強力なパスポートとして機能することが再確認されました。
- prEN 50742:
欧州の法規(MR)に適合するための「具体的な合格ライン(何をすべきか)」 - IEC 62443:
そのラインを達成するための「堅牢な設計・管理手法(どう構築するか)」
主要メーカーの展示では、IEC 62443(特に4-1や4-2)に基づいた開発プロセスを導入することで、prEN 50742が求める「改ざん防止」を自動的に満たし、欧州以外のグローバル市場でも通用する高い信頼性を証明する戦略が目立ちました。
「Security by Design」の具体化と深層多層防御
この両規格の連携を具体化するのが、「深層多層防御(Defense in Depth)」の思想です。Rockwell AutomationやPilz、Wibu-Systemsなどは、ネットワーク、認証、物理層までを幾重にもガードする設計を披露。
単一の対策に頼らず、IEC 62443の手法で「多層的な壁」を築くことが、結果としてprEN 50742という法規制のハードルを最も効率的にクリアする近道であることを示しました。
日本企業に求められる視点
ハノーバーメッセ2026が突きつけた現実は、もはや「良い機械」を作るだけでは欧州市場に参入できないというルール変更です。
「prEN 50742に適合しているか?」という問いは、単なる技術的な質問ではなく、「国際規格(IEC 62443)に基づいた信頼性を備えているか?」という問いに変わっています。
2027年の本格施行まで残された時間はわずかです。この「規制の嵐」を、国際規格を武器にした追い風に変えられるか。ハノーバーで示された数々のソリューションは、そのための具体的な羅針盤となるはずです。
以下は、詳細記事です。
ハノーバーメッセ2026では、欧州のサイバーレジリエンス法(CRA)および機械規則(MR: Machinery Regulation)への実務的な対応と、規制による技術革新の停滞を回避するための「脱規制」の動きが大きな焦点となっています。
2026年は、現行の機械指令から新規則への完全移行(2027年1月)を控えた「分水嶺」の年として位置づけられています。
CRA(サイバーレジリエンス法)と機械規則(MR)の動向
- 「二重規制」の混乱と整合の試み:
機械規則のサイバーセキュリティ要件とCRAの間で整合性が完全には取れておらず、メーカー側には「二重規制」のリスクへの懸念が根強くあります。展示では、これらを統合的に管理するためのデジタルプラットフォームや認証取得支援サービスが注目を集めています。 - 整合規格「prEN 50742」への注目:
注:prはドラフトを意味します。
MRの核となる整合規格案「prEN 50742」への準拠が、欧州市場で機械を販売する日本メーカーにとっての急務となっています。ハノーバーメッセの会場では、この規格に基づいた具体的なセキュアな設計(Security by Design)の実装例が数多く示されています。 - 11ヶ月の空白期間リスク:
規制の簡素化が進む一方で、2026年中に基準が定まりきらない「規制の空白期間」が発生する可能性が指摘されており、先行投資を行う企業のリスク管理能力が試されています。
2026年展示での主要なキーワード
- ドイツ首相による「AI脱規制」宣言:
ハノーバーメッセ2026の基調講演において、ドイツのショルツ首相は複雑化する規制(特にAI法関連)による負担軽減を呼びかけ、イノベーションを優先する姿勢を強調しました。 - AI法適用の延期可能性:
AI搭載機械に関する規制適用が、ガイドラインの策定遅延により2028年まで延期される可能性が浮上しています。これにより、2026年の展示では「即時の法的遵守」よりも「将来の規制を見据えた柔軟なアーキテクチャ」の提案が増えています。 - デジタル製品パスポート(DPP)の進展:
CRAや機械規則の遵守状況を証明する手段として、製品のライフサイクルを通じたデータ管理(DPP)を具体化するソリューションが、大手オートメーションベンダーから多数発表されています。
prEN 50742は、2027年1月20日から適用される欧州機械規則(MR: Regulation (EU) 2023/1230)のサイバーセキュリティ要件を満たすための整合規格案です。
正式名称は「機械の安全性-改ざんに対する保護(Safety of machinery – Protection against corruption)」で、機械の制御システムやデータが悪意ある攻撃や偶発的なミスで書き換えられ、安全機能が損なわれるのを防ぐことを目的としています。
1. 規格の主な目的と対象
従来の安全規格(ISO 12100等)が物理的なリスクに焦点を当てていたのに対し、本規格は「デジタルな不備が物理的な危険を招く」リスク(Safety-related Security)を扱います。
- 対象範囲:
安全に関連するハードウェア、ソフトウェア、データ、リモート接続インターフェースなど。 - 守るべき内容:
意図的・偶発的な「データの改ざん(Corruption)」による安全装置の無効化や、不正なパラメータ変更の防止。
2. 適合のための「2つのアプローチ」
メーカーは設計状況に合わせて以下のいずれかの手法を選択できます。
- アプローチA:
本規格(prEN 50742)独自の要求事項(箇条5および7)に直接従う方法。 - アプローチB:
産業用サイバーセキュリティの汎用規格であるIEC 62443(4-1、3-3、4-2等)に準拠する方法。
3. 機械規則(MR)との関連
欧州機械規則の附属書IIIにある以下の「必須健康安全要件(EHSR)」への適合を証明する具体的な技術指針となります。
- 1.1.9項:
不正行為(破損)からの保護 - 1.2.1項:
制御システムの安全性と信頼性((a)および(f)項)
4. スケジュールと現状(2026年時点)
- 発行時期:
2026年3月以降に正式なEN規格として発行される見込みです。 - 重要性:
機械規則の適用(2027年1月)に先立ち、2026年中にはこの規格に基づいた設計・評価を完了させておく必要があります。
この規格はあくまで「安全」を守るためのセキュリティに特化しており、脆弱性管理などの包括的な要件を課すサイバーレジリエンス法(CRA)とは、一部の要件が重複しつつも異なる範囲をカバーしています。
prEN 50742と深層多層防御(Defense in Depth)は、前者が「何をすべきか」を定めた具体的ルール(規格)であるのに対し、後者は「どのように守るか」という設計思想(戦略)であるという違いがあります。
機械メーカーの実務においては、「prEN 50742という合格基準を満たすために、深層多層防御という設計手法を用いる」という関係性になります。
1. prEN 50742と深層多層防御の対比
項目prEN 50742(規格・要件)深層多層防御(戦略・思想)定義欧州機械規則(MR)のサイバー要件を満たすための具体的技術規格案。複数の防御層を重ね、一つが突破されても被害を最小化する設計アプローチ。目的機械の「安全機能」がサイバー攻撃で壊されない(不安全にならない)ことを保証する。攻撃者に対して「境界・ネットワーク・端末・データ」の各層で障壁を設け、侵入や拡大を阻む。役割「合格証」を得るための基準。何をもって「対策済み」とするかのチェックリスト。「堅牢なシステム」を作るための手段。具体的ツール(FW、認証、暗号化)の配置方法。
2. 使い分けと関係性
prEN 50742の適合を目指す際、深層多層防御の考え方は以下のように活用されます。
- prEN 50742の要求(例):
「安全関連ソフトウェアの改ざんを防止せよ」 - 深層多層防御による実装:
深層多層防御設計指針や実装技術は、ICS研究所のオンデマンドビデオ講座eICSで学ぶことができます。
3. 深層多層防御が必要とされる背景
prEN 50742が参照するIEC 62443などの産業用セキュリティ規格では、単一の対策(例:パスワードのみ)に頼ることは認められません。「一つ失敗しても他が止める」という深層多層防御の実装が、prEN 50742の技術要件をクリアするための事実上の前提となっています。
prEN 50742では、機械規則(MR)のサイバーセキュリティ要件を満たすために、メーカーは以下の2つの道のいずれかを選べると規定されています。
1. アプローチA vs アプローチB
- アプローチA(直接準拠):
prEN 50742そのものに書かれている固有の要件(箇条5および7)に従って設計・評価する方法。 - アプローチB(IEC 62443準拠):
すでに国際的に普及している産業セキュリティ規格 IEC 62443シリーズ を適用することで、prEN 50742の要件を満たしたとみなす方法。
2. なぜ「アプローチB」が重要なのか?
ハノーバーメッセ2026で多くの主要メーカーがこのルートを強調したのは、以下のメリットがあるからです。
- グローバル対応の効率化:
欧州独自のprEN 50742だけでなく、北米やアジアでも通用するIEC 62443をベースにすることで、地域ごとに設計をやり直す手間が省けます。 - 具体的な「深層多層防御」の実装:
prEN 50742は「改ざんを防げ」という「目標」を重視しますが、IEC 62443は「認証はどうするか」「ネットワークはどう分けるか」といった具体的な技術・プロセス(深層多層防御の実装法)が詳細に定義されています。 - 認証の信頼性:
すでにIEC 62443-4-1(開発プロセス)や4-2(製品要件)の認証を取得しているコンポーネントを使用すれば、機械全体のprEN 50742適合証明が非常にスムーズになります。
3. 具体的に参照されるIEC 62443のパート
アプローチBを採る場合、主に以下のパートが参照されます。
- IEC 62443-4-1:
セキュリティ製品開発ライフサイクル(メーカーの体制)。 - IEC 62443-4-2:
コンポーネント(PLCやインバータ等)の技術的セキュリティ要件。 - IEC 62443-3-3:
システム全体のセキュリティ要件。
結論として
「アプローチB」とは、「すでに信頼のある国際規格(IEC 62443)の枠組みをそのまま使って、欧州の新しい法律(機械規則)をパスする」という実務的な選択肢を指します。

